東京高等裁判所 平成9年(ネ)5945号 判決 1999年6月22日
ベルギー国二三四〇ビールセトウルンホウトセバーン三〇
控訴人
ジャンセン・ファーマシューチカ・ナームローゼ・フェンノートシャップ
右代表者
アジットシェティ
同
ダーク コーリェ
右訴訟代理人弁護士
品川澄雄
同
滝井朋子
同
吉利靖雄
東京都文京区本駒込二丁目一二番一二号
被控訴人
日本薬品工業株式会社
右代表者代表取締役
舩木博
東京都千代田区東神田二丁目五番一二号
被控訴人
株式会社龍角散
右代表者代表取締役
藤井隆太
埼玉県大宮市三條町五一番地
被控訴人
太田製薬株式会社
右代表者代表取締役
松村眞良
東京都中央区目本橋本町四丁目一五番九号
被控訴人
メディサ新薬株式会社
右代表者代表取締役
山口博雄
右被控訴人ら訴訟代理人弁護士
田倉整
同
島田康男
右補佐人弁理士
高田修治
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための附加期間を三〇日と定める。
事実及び理由
第一 控訴の趣旨
原判決を取り消す。
被控訴人日本薬品工業株式会社は、控訴人に対して、金六九七万円及びこれに対する平成一一年一月二〇日付控訴の趣旨変更の申立書送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
被控訴人株式会社龍角散は、控訴人に対して、金一〇七二万円及びこれに対する右同日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
被控訴人太田製薬株式会社は、控訴人に対して、金五五一万円及びこれに対する右同日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
被控訴人メディサ新薬株式会社は、控訴人に対して、金一二五八万円及びこれに対する右同日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。との判決及び仮執行宣言宣言を求める。
第二 事案の概要
一 本件は、存続期間の満了した特許権(特許番号第一三六四八九五号、発明の名称「新規な1-(ベンゾアゾリルアルキル)ピペリジン誘導体」、存続期間満了平成八年七月一九日)を有していた控訴人が、当審において訴えを変更し、被控訴人らにおいて医薬品の製造承認の添付資料を作成するために存続期間満了前に本件特許発明に係る医薬品を製剤化し、右資料を取得した行為(以下「本件製剤化行為等」という。)が右特許権のうち特許請求の範囲第一項ないし第六項及び第九項の発明に係る権利を侵害するものであるとして、不法行為に基づく損害賠償を求めている事案である。
二 基礎となる事実は、原判決の事実及び理由の第二の二のとおりであるから、これを引用する。
三 争点
1 不法行為の成否
(一) 本件製剤化行為等が特許法六八条所定の「業として実施」に当たるか。
(二) 本件製剤化行為等が特許法六九条一項所定の「試験又は研究」に当たるか。
2 損害の額
四 争点に対する当事者の主張
1 争点1(一)について
(一) 控訴人
後発医薬品が薬事法所定の製造承認を得るためには、当該後発医薬品が先発医薬品と生物学的に同等であることが確認されることを必須とするところ、被控訴人らは、本件特許発明の実施品である化合物ドンペリドンを含有する消化管運動改善剤を使用することによって、右の確認試験を行ったものである。したがって、被控訴人らは、本件特許権の存続期間中に、右確認のための試験を行って、ドンペリドン及びこれを有効成分とする医薬品(以下、原判決と同様に「被告製剤」という。)を使用して本件製剤化行為等を行ったものであって、本件特許発明を業として実施し本件特許権を侵害したものである。
(二) 被控訴人ら
特許発明の実施に当たる「使用」とは、その発明の作用効果を発揮させ得る態様での使用であり、それとは異なる態様での使用は特許法上の「使用」ではないとされている。被控訴人らの行った「試験又は研究」においては、製剤を本来の用途である治療用の制吐剤として用いたわけではないから、特許法上の「使用」に該当しない。
なお、用語の問題として、被控訴人らの行った「試験又は研究」に用いられた「ドンペリドン化合物を含んでいる製剤の外形をした組成物」を「製剤」ということについては争わないが、治療に使用することが認められた医薬品としての「製剤」という意味ではない。つまり、被控訴人らの行った「試験又は研究」では、「製剤」を本来の用途である治療用の制吐剤として用いたわけではないから、特許法上の「使用」には該当しない。
2 争点1(二)について
(一) 控訴人
(1) 被控訴人らの行った本件製剤化行為等は、次のとおり、特許法六九条一項の「試験又は研究」に当たらない。
(イ) 技術は、その特性として、第一段階の技術を開示されると、その知見に基づいて、他の技術者によってでも次の段階の技術が開発されうるという累積的発展性を有する。他方で技術は、事実として独占がしにくく、盗取の危険にさらされやすい財である。特許制度は、技術というものに特有のこの性質に着眼し、価値ある技術である発明を、その占有者が秘匿するのではなく進んで他者に開示して技術の重なる発展に寄与する場合には、その開示者に対して、報償としてその自ら開示した発明につき一定期間の独占を保障することにより、これの開示を促し、よって次々と社会全体の技術を高次のものに発展させようとすることを基本的理念とする制度であり、その場合に、その発明を第三者が実施することにより一層よく技術の発展をもたらす可能性のある場合には、その場合に限って例外的に右の独占を緩めて第三者の利用を認め、もって全体的技術の一層の発展を企図し、その結果として産業全体を発達させようとするものであって、特許法一条はこの制度趣旨を宣言しているのである。したがって、特許法六九条一項の「試験又は研究」は、特許法一条に合致するように解釈されなければならず、そうすると、右のような技術の累積的発展を実現しうる行為、すなわち、当該特許発明の技術に更に工夫を加え、それを更に一段上の技術へ進展させることを目的とすることが客観的に明らかであるような行為でなければならないものである。なお、特許法六九条一項の「試験又は研究」は、特許制度の存在を前提として認められているのであるから、その特許発明に係る技術の実施可能性の検査のため、又は新規性や進歩性といった特許性の確認のための実施行為は、その特許発明技術を発展させるための前提的な試験として、特許法六九条一項の「試験又は研究」に包含されるものと解することができるが、特許法六九条一項の「試験又は研究」の範囲は、これをもって限度とすべきものである。
(ロ) 被控訴人らの本件製剤化行為等は、特許法六九条一項の「試験又は研究」に当たらない。
すなわち、被控訴人らが本件製剤化行為等を行った時点では、本件特許発明の技術を開示した明細書が公にされており、その実施品である先発医薬品「ナウゼリン」の入手が極めて容易であり、また、これに付加された薬事法上の添付文書等には、その具体的構成や性質、薬事法上の製造承認申請用資料入手のための情報が詳細に記載されていたのであるから、これらの詳細な情報に基づけば、製薬の専門業者である被控訴人らが後発医薬品を製剤化し、その製造承認申請用資料を取得することは極めて容易なことである。
(2) 特許法六九条一項の「試験又は研究」は、特許発明を実施し侵害責任を問われるべき第三者、すなわち、本件においては被控訴人らの免責理由たる抗弁事由であるところ、被控訴人らは、自ら行った本件製剤化行為等のいずれの部分が何故に特許法六九条一項の「試験又は研究」であると評価されうるのかという点についての具体的な主張をしていないから、被控訴人らの右侵害行為を特許法六九条一項所定の「試験又は研究」に当たるものと認定することは許されない。
(二) 被控訴人ら
(1)(イ) 特許法六九条一項は、同条項に定める「試験又は研究」について、控訴人の主張する技術の進歩を目的とするものに限るとか、純粋に学問的なものである場合に限るとか、製造承認申請のためのデータ収集を目的にするものに限るとかの限定は加えられておらず、その他何らの区別をも設けていないから、特許法六九条一項の規定から当然に「試験又は研究」を目的等によって限定的に解釈するということはできないことになる。そこで、六九条一項所定の「試験又は研究」の解釈に当たって、特許制度(特許法)の基本原理をいかに考えるかが問題となってくる。控訴人は、特許法が発明を開示した者に対して報償として与えられる一定期間の独占を強調するが、控訴人らが主張するように特許権の効力を強め、特許権者に一方的に有利に解釈することは特許法第一条に示される特許制度の目的、基本原理に合致するものではない。第一条は「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とする。」と規定されており、特許権者の利益保護のみを目的とし、基本原理とするものではない。いかに強弁しても、特許権の存続期間満了後においても、特許権による市場撹乱(市場における競争制限)が肯定される理由はない。
(ロ) 実際にヒトに対する医薬品については、主成分さえしっかりしていればそれで製剤化できるというものではなく、種々の試行錯誤を経て初めて製剤化できるのである。これは先発、後発の技術レベルの問題ではない。先発品メーカーであっても、後発医薬品を製剤化するに当たっては、他社の先発医薬品の成分抽出、血中濃度測定法の確立及び測定に苦労し、右に述べた試行錯誤を繰り返すのである。後発医薬品の製剤化は試行錯誤の結果達成されるものであって、たとえ、技術水準が優れていても、一回で合格品ができあがるという性質のものではないのである。もち論、このような工夫、試行錯誤により得られた知見は、各社のノウハウとして次の製剤設計、製剤化に生かされるし、これらの試行錯誤の過程から特許の対象となる発明、技術が生み出されることもあることはよく知られているところである。
(2) 被控訴人らは、「試験又は研究」の評価の対象となる被控訴人らの行為(被告らの行った特定の特許発明の実施行為)が「試験又は研究」に当たることについては、主張立証を尽くしている。
3 争点2について
(一) 控訴人
控訴人の被った損害の内訳は、(1)被控訴人らが本件特許権の存続期間中に、ほしいままに本件特許発明に係る医薬品を使用して本件特許権を侵害しこの医薬品についての違法な後発医薬品の製造承認申請をした際に生ぜしめたもの(損害(一))、並びに、(2)右(1)の本件特許権存続期間中にした特許権侵害行為なしには取得しえなかった違法な製造承認及びこれに引き続く違法な健康保険法上の薬価基準への収載に基づき、本件特許権存続期間満了後二七か月に至る間に違法に後発医薬品を製造販売したことにより生ぜしめたもの(損害(二))である。
損害(一)は、被控訴人らが本件特許権の存続期間中にほしいままに本件特許発明に係る医薬品を使用して本件特許権を侵害したものであるから、最も典型的な特許権侵害行為であり、これにより特許権者たる控訴人に生じた損害を賠償すべきであることは当然である。損害(二)は、本件特許権の存続期間満了後更に二七か月に至るまでの間の、本件特許発明に係る医薬品たる被控訴人らの後発医薬品の製造販売を原因とするものである。
(二) 被控訴人ら
被控訴人らの行った本件製剤化行為等は、本件特許権を侵害するものでないから、控訴人の右主張は、その前提を欠き理由がない。
控訴人は、本件特許権存続期間満了後二七か月間の後発医薬品の製造販売行為が本件特許権を侵害すると主張するが、薬事法の許認可手続において二七か月の期間がかかるため、特許権者が手続期間中製造販売を独占しうる結果となるのは、あくまでも、事実上の効果、いわゆる反射的利益というものであって、特許権者に対して特許権存続期間満了後二七か月間特許権が存続することを認めるものではない。したがって、控訴人の本件特許権は存続期間満了によって消滅しており、存続期間満了後に特許権が存続するということはないから、本件特許権の存続期間満了後に特許権を侵害する行為がされ、損害賠償請求権が発生するということはない。
第三 当裁判所の判断
一 当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないものと判断する。その理由は、次のとおりである。
1 争点1(二)について判断するに、控訴人は、被控訴人らの行った本件製剤化行為等は、特許法六九条一項所定の「試験又は研究」に当たらない旨主張するが、ある者が化学物質又はそれを有効成分とする医薬品についての特許権を有する場合において、第三者が、特許権の存続期間終了後に特許発明に係る医薬品と有効成分等を同じくする医薬品を製造して販売することを目的として、その製造につき薬事法一四条所定の承認申請をするため、特許権の存続期間中に、特許発明の技術的範囲に属する化学物質又は医薬品を生産し、これを使用して右申請書に添付すべき資料を得るのに必要な試験を行うことは、特許法六九条一項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たり、特許権の侵害とはならないものと解するのが相当である(最高裁判所平成一一年四月一六日第二小法廷判決・裁判所時報第一二四一号二頁参照)。
これを本件についてみるに、被控訴人らが医薬品等の製造販売を業とする株式会社であるところ、被控訴人らは、原告の本件特許権の存続期間満了後に被告製剤を製造販売するため、医薬品の製造承認申請に必要な資料を得ようとして、ドンペリドンの原末及び被告製剤を製造又は輸入したうえ、規格及び試験方法に関する資料、加速試験に関する資料、生物学的同等性に関する資料を作成するための各種試験を行い、これによって作成した資料を添付して、いわゆる後発品の製造承認を申請し、医薬品製造承認を得たものであり、もって、控訴人主張の本件特許発明に係る医薬品を製剤化し、右資料を取得するという行為を行ったことは、原判決認定のとおりであって(原判決三七頁七行ないし末行、四〇頁五行ないし末行)、被控訴人らは、特許権の存続期間終了後に特許発明に係る医薬品と有効成分等を同じくする医薬品を製造して販売することを目的として、その製造につき薬事法一四条所定の承認申請をするため、特許権の存続期間中に、特許発明の技術的範囲に属する化学物質又は医薬品を生産し、これを使用して右申請書に添付すべき資料を得るのに必要な試験を行ったものと認められるから、被控訴人らの右行為は、特許法六九条一項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たり、特許権の侵害とはならないものと解される。
2 そうすると、控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないものといわざるを得ない。
二 よって、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担、上告及び上告受理の申立てのための附加期間の付与について民事訴訟法六七条一項本文、六一条、九六条二項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成一一年五月一一日)
(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官山 山田知司 裁判官 宍戸充)